■プロフィール
■経歴
【山上千鶴子のホームページ】にようこそ!
あなたがいわゆる‘心の専門家’であっても、まったくの門外漢であってもかまいません。
「精神分析」って何? ちょっと興味があるな、というあなたに。
お探しのものが見つかりますかどうか、よろしければどうぞおつきあいくださいませ。
ちょっとナイショ話・・・
《精神分析へのいざない》というからには勿論
あなたに向けてのどうぞ!のご案内ではありますけれど、
敢えてわたくしのホンネを申せばちょっと違うかも・・
たくさんの生命(いのち)に出逢い、励まされてここまでまいりましたわけで。
彼の地イギリス・ロンドンで、そして此処東京・原宿に於いて・・
それらの懐かしい生命(いのち)たちが、その輝きを色褪せず、これからも
わたくしのうちでわたくしと共に嬉しくも息づいてくれたならいいなって願いを込めて・・
「精神分析」とは、まことに生命(いのち)の繋がりであります。
そして生命(いのち)とは呼びあい、応えあうものでありますから。
きっとわたくしの中の生命(いのち)たちもまた、
これから尚も新たな繋がりの中で生きられたらいいなって祈りを込めて・・
だからまずは、わたくしの中にそれら生命(いのち)たちの記憶を甦らせ、
言葉にそれら生命(いのち)を刻み込んでおこうと思うのです。
どこへ翔んでゆくやらその羽ばたく言葉のゆくえはいざ知らず・・
でも、かなうことならば‘あなた’に手渡したい。
届くかな、届くといいな、と思いながら書き綴りましょう。 (2009/11/24 記)
「精神分析」はいのちの繋がりであります。
いのちが互いに呼応しあい、引き継がれ、担われかつ擁護されてきた、
それはまことに時空を超えたいのちの繋がりの‘場’なのです。
その妙こそが面白くもあり怖くもあるわけなのです。
そこで《精神分析家》と呼ばれる人間たちについて、
そもそも彼らという存在がいかなるものなのかを語ろうと思います。
まず私自身についてご紹介いたしますと、
クライン派の精神分析的心理臨床家
(psychoanalytical-psychotherapist)であります。
東京・原宿に於いて1980年以来、
個人開業private-practiceを致しております。
1970年代半ば、英国のタヴィストック・クリニックでのさまざまなご縁から始まって、
特にはDr.D.メルツァー率いる分析家グループにtraineeとして身を置くことで、
いつしか知らずクライン派 Kleinian としての規律に培われ、
現在そのように自らを名乗るに至っております。
ここで《精神分析家》として私の念頭にあるのは、ごく僅かな人たちに限られます。 ・フロイト (Sigmund Freud:1856―1939)
・メラニー・クライン (Melanie Klein:1882-1960)
・ビオン (Wilfred.R.Bion:1897-1979)
・メルツァー (Donald Meltzer:1922-2004)
彼らは、いうなれば私にとって‘親’なるもの。そして私が、その系譜に列なるもの、つまり
彼らの‘子ども’としての立場で彼らについて語ろうとするとき、それは抜き差しがたく私自身に
かかわってまいります。当然ながら己れ自身もまた自己開示を促され、いずれは誰のでもない、
自分のと呼べる己れ固有の「精神分析」を証(あか)しすることを余儀なくされるでしょう。
そんなふうに精神分析への信faithが問われるなかで、継承か改革かの間で行きつ戻りつしながら、
自分の位置を定めんとして、両義的かつ屈折した思いを抱かざるを得ないわけです。
ともうしますのは、やはり本来、子とは親に背(そむ)くものだと思うからです。親との軛(くび)きから
まずは逃れようとするものだからです。己れが己れ自身であるために。自分の‘始まり’を求めて!
誰の心にも‘棘(とげ)’の潜(ひそ)むゆえんがそこにあります。と同時に、
いのちを授けられた親なるものに背(そむ)くことの赦(ゆる)しを得ずして子には安心はない。
そんな相剋・葛藤を生きている、それが私たち人間なのではなかろうかと考えるのです。
さて、かくなる私にしても、いうなれば子としての叛逆・離反の火種を内に抱えつつ、
でもいつかしら彼ら親なる存在に自分がどこかで一致せんことを希求していたのかも知れません。
ここに至って、そんな己れの相剋・葛藤めいたものがなにやら親なる彼らにもまた相通ずるものとして
見えてきたような気がしてまいりました。ようやくにして縁(えにし)に突き当たったような・・。
彼らそれぞれが遺したもの、その業績なり世評はともかくとして、
その生きざまの多様性ならびに固有性において、何かしら通底するものがあるとしたら、それは
どなたもが親の無明(むみょう)を背に負うているということです、その無明とはそれぞれ異なるとして・・。
そして子なる彼らは、それを自らの内なる欠如(=非存在)として、その無明の殻を突き破り、
熾烈に光を希求した魂だったということです。いうなれば‘無いものねだりの達人’と敢えて
申し上げてもいいような・・。そして生涯を賭して、
自らの内奥の齟齬(そご)を噛み砕(くだ)かんとしたひとたちではなかったでしょうか。
そこに共通なるものを敢えて申しますと、
一つは剥奪感deprivation、すなわち無いものへの鋭利な感応力があり、
さらにはもう一つ、認識愛epistemophiliaが挙げられましょう。
どなたにしろ彼らは、‘非存在’としてではなく、‘実存’として在ることを烈しくも希求した魂だったように
思われます。まるで「この指止まれ!」といざなわんとするがごとく、精神分析はどこかしら、
そうした彷徨(さまよ)いながら抗(あらが)う魂を魅了し、掴んで離さないものがあるようです。
どなたにしろ彼らは、‘非存在’としてではなく、‘実存’として在ることを烈しくも希求した魂だったように
思われます。まるで「この指止まれ!」といざなわんとするがごとく、精神分析はどこかしら、
そうした彷徨(さまよ)いながら抗(あらが)う魂を魅了し、掴んで離さないものがあるようです。
私は、彼らを「悲傷(ひしょう)の魂」と名づけます。彼ら独特の剛直さ・一途(いちず)さ、それはそれとして・・。
彼らの精神分析家としての生涯は、それぞれに、痛苦への感受性が陶冶されるなかで、
己れの心的衝撃・相剋・葛藤を抱えんとして悪戦苦闘し、いつしか【贖(あがな)いの器(うつわ)】として
培われていったことを証(あかし)しているように思われてなりません。
(※ここでいう「贖いredemption」とは、己れが己れ自身として在ることへの‘立ち還(かえ)り’を意味します。)
そうしてついに、‘ここでいい・これでいい’、そんな自分に彼らが辿りついたかどうか、それは解りません。
おそらくはきっとそうではなかったでしょう。
たぶん生きて明らかになるものしか明らかに出来なかったということになりましょうか。
そして、明らかになったことが万事良しというわけでもなかったでしょうし。 どうやら何処まで行っても
‘悟り澄ます’ことなぞ望むべくもない、‘格好悪い’存在であるのが、精神分析家なのだと思われます。
どうかするとそうした‘格好悪さ’を、我々自身むしろ愛着してるのやも知れません。
率直であること、真摯(しんし)であることを徹底させるといった‘美意識’とでも申しましょうかしら。
いずれにしてもどこまでも己れの内なる無明との闘い、
己れを躓(つまづ)かせるものとの終わり無き闘いなのです。
なにやら痛ましいような、でもやはり敬愛の念respectを覚えるのです。
そうか、それでいいのだと・・。
さて、精神分析の摩訶不思議さenchantmentとは
どのように伝えられるものなのでしょうか。
とても戸惑われてなりません。
<あなたを生きてごらん!とことん自分に向かい合ってごらんなさい!>
のメッセージ、些かなりともお伝えできるといいのですが・・。
※レゲエ歌手ボブ・マーレイの曲【Redemption Song】の中の
「emancipate yourself from mental slavery. none but ourselves can free our mind」
という歌詞が参考になりましょう。
(2009/11/24 記)